はじめに
韓国語の勉強を始めた頃の私は、「まずはハングルを読めるようになろう」と思い、毎日ノートに文字を書いていました。
YouTubeの学習動画を見ながらハングルを書き写し、簡単な文字なら少しずつ読めるようになっていきました。その頃は、「文字さえ覚えれば韓国語も読めるようになる」と考えていたように思います。
実際、街中で見かけたハングルの中から「구」という文字が読めたときは、とても嬉しく感じました。少しずつ前に進んでいる気がしていたのです。
ところが、そんな私の前に現れたのが「맛있었어요」という言葉でした。
今なら「おいしかったです」という意味だと分かります。しかし当時の私には、たくさんの「ㅅ」が並んでいる複雑な文字列にしか見えませんでした。
一文字ずつ読もうとしても途中で分からなくなり、「本当にこんなものが読めるようになるのだろうか」と不安になったことを覚えています。
今振り返ると、「맛있었어요」は私が韓国語学習で最初にぶつかった壁でした。この記事では、当時どのようなことで悩み、どのように感じていたのかを振り返ってみたいと思います。
ハングルを覚えれば読めると思っていた
韓国語の勉強を始めたばかりの頃の私は、とにかく早くハングルを読めるようになりたいと思っていました。
当時見ていたYouTubeには、「3日でハングルが読めるようになる」といった初心者向けの動画がありました。私はその動画を見ながら、ノートや紙に何度もハングルを書き写していました。日本語の「あいうえお」を覚えるような感覚で、とにかく文字を覚えようとしていたのです。
すると、数日後には簡単な文字なら読めるようになった気がしました。
実際に街中でハングルを見かけると、「あ、この文字は知っている」と思うことも増えてきました。以前、ラーメン屋の入口付近に「출구 전용」「입구 전용」と書かれているのを見つけたことがあります。そのとき私が読めたのは「구」だけでしたが、それでも嬉しかったのを覚えています。
今思えば、「구」しか読めていないのですが、当時の私にとっては大きな進歩でした。
そのため私は、「この調子で文字を覚えていけば、そのうち韓国語も読めるようになるだろう」と考えていました。
しかし実際には、そう簡単ではありませんでした。
ハングルの一文字一文字は読めても、単語になると急に分からなくなります。知っている文字のはずなのに、まとまった言葉になると頭の中で処理できないのです。
私はまだ、そのことに気づいていませんでした。そして、その現実を思い知らされることになったのが、「맛있었어요」という言葉との出会いでした。
맛있었어요を見た瞬間に固まった
ある日、韓国語の文章を見ていたときに、「맛있었어요」という言葉が目に入りました。
今なら「おいしかったです」という意味だと分かりますし、特別に難しい表現だとは感じません。しかし、当時の私にとっては衝撃的な言葉でした。
まず目に入ったのは、「ㅅ」が何度も並んでいるように見える文字の形です。
私は一文字ずつ読もうとしました。
「맛…」
までは何とか読めます。
しかし、その先がうまく続きません。
「있…었…어…요?」
という感じで、一つ一つの文字を追うことはできても、それが一つの言葉として頭の中でまとまらなかったのです。
それまで私は、ハングルを覚えれば少しずつ韓国語も読めるようになると思っていました。実際、「구」が読めたことを喜んでいたくらいです。
ところが、「맛있었어요」を見た瞬間に、その考えが崩れました。
「こんなに長い言葉を本当に読めるようになるのだろうか」
「韓国語は思っていたよりずっと難しいのではないか」
そんな不安が一気に押し寄せてきたのを覚えています。
今振り返ると、当時の私は文字を覚え始めたばかりでした。単語の意味も分かりませんし、発音の変化や文法についてもほとんど知識がありません。
韓国語には連音化などの発音変化がありますが、その頃の私はそんな仕組みがあることすら知りませんでした。
それなのに、「読めるようになった」と思い込んでいたため、現実とのギャップに戸惑ってしまったのだと思います。
もちろん、その場で勉強をやめたわけではありません。しかし、「맛있었어요」は私にとって大きな壁でした。
ハングルが読めることと、韓国語が読めることは別なのだと初めて気づかされた出来事だったのです。
焦って教材を買い始めた
「맛있었어요」が思うように読めなかったことで、私は少し焦りを感じるようになりました。
それまでは、「ハングルを覚えれば何とかなるだろう」と考えていました。しかし実際には、文字を覚えただけでは韓国語は読めません。単語の意味や文法、発音の変化など、学ばなければならないことがたくさんあることに気づきました。
そこで私は、韓国語の教材や学習本を探し始めました。
本屋で初心者向けのテキストを購入したり、YouTubeで「すぐに話せる」「初心者向け」といった動画を探したりして、とにかく勉強を続けようとしていたと思います。
また、動画の内容をノートに書き写すこともよくしていました。
今でも当時のノートを見ると、
「듣다(聞く)」
「모르다(分からない)」
「쓰다(使う・書く)」
「일하다(仕事する)」
などの単語と、その現在形・過去形・未来形が並んでいます。
しかし、今振り返ると不思議です。
初心者だった私は、それらの活用がなぜそうなるのか理解していたわけではありません。ただ、「早く韓国語を話せるようになりたい」という気持ちだけで、一生懸命書き写していたのです。
もちろん、書き写しただけで覚えられるわけではありませんでした。
勉強しているつもりなのに、なかなか身に付かない。新しい教材を買っても思うように進まない。そんな状態が続いていました。
それでも当時の私は、「もっと勉強しなければ」という気持ちばかりが強く、焦りながら韓国語と向き合っていたように思います。
もっと大きな壁が待っていた
「맛있었어요」に戸惑いながらも、私は少しずつ韓国語の勉強を続けていました。
しかし、後になって振り返ると、「맛있었어요」はまだ入口に過ぎませんでした。本当に苦労したのは、その先で出会った動詞や形容詞の活用だったように思います。
特に印象に残っているのが、次のような表現です。
즐겁다 → 즐거워요(楽しいです)
슬프다 → 슬퍼요(悲しいです)
설레다 → 설레요(ときめきます)
무섭다 → 무서워요(怖いです)
今なら自然に見える変化ですが、当時の私には何が起きているのか全く分かりませんでした。
「즐겁다」が「즐거워요」になるのは何となくそういうものだと思えたとしても、「슬프다」がなぜ「슬퍼요」になるのか理解できません。
さらに、「설레다」はほとんど形が変わっていないように見えます。
「何が同じで、何が違うのだろう?」
「どうしてこれは変わるのに、これは変わらないのだろう?」
そんな疑問ばかりが頭に浮かびました。
実はこの頃、私は体調を崩して勉強が止まっていた時期でもありました。病院に通いながら生活を立て直していたこともあり、以前のように集中して勉強することが難しくなっていました。
そのため、ただでさえ理解できない文法や活用を前にすると、頭の中が整理できなくなってしまいます。
今でも、「슬프다 → 슬퍼요」を見て思考が止まった感覚を覚えています。
韓国語が難しいというより、「どう考えればいいのか分からない」という状態でした。
振り返ると、私は文字を覚える段階から、今度は文法や活用を理解する段階へ進もうとしていました。そして、その新しい壁の前で立ち止まっていたのだと思います。
今振り返ると当然だった
今になって当時のことを振り返ると、韓国語が読めなかったのも、活用が理解できなかったのも当然だったように思います。
なぜなら、その頃の私はハングルを覚え始めたばかりで、韓国語の仕組みそのものをほとんど理解していなかったからです。
文字は読めても、単語の意味は分かりません。単語を覚えても、文法や活用のルールは知りません。今考えると、知らないことの方が圧倒的に多い状態でした。
それにもかかわらず、私は「早く読めるようになりたい」「早く話せるようになりたい」という気持ちばかりが先走っていました。
もちろん、その気持ちがあったからこそ勉強を続けられたのだと思います。しかし一方で、自分がどの段階にいるのかを理解しないまま先へ進もうとしていた部分もありました。
今なら、「맛있었어요」が読めなかったことも、「슬프다 → 슬퍼요」が分からなかったことも不思議ではありません。
むしろ、分からなくて当たり前のところで悩んでいたのだと感じています。だからこそ、当時の自分に対しては「焦らなくても大丈夫だったよ」と言ってあげたい気持ちになります。
まとめ
韓国語の勉強を始めた頃の私は、ハングルを覚えれば自然に韓国語も読めるようになると思っていました。しかし実際には、「맛있었어요」という言葉の前で立ち止まり、思っていた以上に韓国語が奥深いことを知りました。
その後も、動詞や形容詞の活用で悩んだり、理解できずに思考が止まったりすることが何度もありました。それでも、少しずつ勉強を続ける中で、以前は難しく感じていたことが少しずつ理解できるようになっていきました。
今振り返ると、「맛있었어요」が読めなかった経験も、「슬프다 → 슬퍼요」が分からなかった経験も、韓国語学習の大切な通過点だったように思います。
これから韓国語を始める方や、同じような壁にぶつかっている方がいたら、「分からなくて当たり前」と伝えたいです。私自身もそうだったように、一歩ずつ続けていけば、少しずつ見える景色は変わっていくのだと思います。
