はじめに
韓国語を勉強し始めた頃、私は「에서」は場所を表す助詞だと覚えていました。
학교에서 공부해요(学校で勉強します)や 집에서 쉬어요(家で休みます)のように、「どこで」という意味で使うものだと思っていたため、それ以外の使い方を考えたことはありませんでした。
ある日、応援しているサッカーチームの試合を見終わったあと、その日の出来事を韓国語で日記に書きました。
私は、
경기, 이겼다.
(試合、勝った。)
と、とてもシンプルな文を書いたのです。
すると添削で、
「경기에서 이겼어요.」(試合で勝ちました。)
という表現を教えていただきました。
最初は、「どうして 에서 を使うのだろう?」と戸惑いました。私の中では、「試合」は場所ではないので、「경기에서」という表現に違和感があったのです。
しかし調べていくうちに、「에서」は場所だけでなく、「出来事が起こる場面」を表すこともあると知りました。そのことが分かると、「試合で勝つ」だけでなく、「面接で緊張する」「授業で習う」といった表現も、自然に理解できるようになりました。
この記事では、「에서=場所」という思い込みから、「場面」を表す使い方に気付くまでの経験を、実際の日記をきっかけにお話ししたいと思います。
試合に勝った日の出来事を日記に書いた
私は韓国語の勉強を始めてから、その日にあった出来事を短い日記に書くようにしています。難しい文章ではなく、その日に感じたことや印象に残ったことを、一文か二文で表現することがほとんどです。
ある日、応援しているサッカーチームの試合を見ていました。応援しているチームが勝った日は、嬉しかった気持ちを忘れないうちに韓国語で残しておこうと思いました。まだ難しい文章は書けなかったので、「今日は試合に勝った」ということだけでも韓国語で表現したいと思ったのです。
そのとき私が書いたのは、
경기, 이겼다.
(試合、勝った。)
という、とてもシンプルな一文です。
「試合」と「勝った」という二つの内容は書けているので、自分では特に違和感はありませんでした。短い日記なので、これでも十分伝わるだろうと思っていたのです。
ところが、この日記を添削していただくと、
「경기에서 이겼어요.」
という表現を教えていただきました。
私は、「どうして 에서 が必要なのだろう?」と一瞬考え込みました。私の中では、「에서」は学校や家など、場所を表す助詞というイメージが強かったからです。
「경기에서 이겼어요」と添削されて戸惑った
添削で 경기에서 이겼어요. と教えていただいたとき、私は「試合なのに、どうして 에서 を使うのだろう」と不思議に思いました。
それまでの私は、「에서」は場所を表す助詞だと理解していました。
たとえば、
- 학교에서 공부했다.(学校で勉強した)
- 집에서 쉬었다.(家で休んだ)
のように、「どこで」という意味で使うものだと思っていたのです。
そのため、「경기에서」と書かれているのを見たとき、「試合は場所ではないのに、どうして『で』を表す 에서 を使うのだろう」と頭の中が少し混乱しました。
もちろん、「경기에서 이겼어요」という表現が自然な韓国語なのだということは分かりました。しかし、「そういう言い方なんだ」と覚えるだけでは、また同じような場面で迷ってしまう気がしました。
私は、「どういう考え方をすれば、この 에서 が自然に理解できるのだろう」と思いながら、もう少し調べてみることにしました。
에서は「場所」だけでなく「場面」にも使うと知った
調べてみると、「에서」は場所だけでなく、「出来事が起こる場面」を表すときにも使われることを知りました。
私は「학교에서」「집에서」のように、実際の場所を表す助詞だと思っていました。しかし、「試合」「授業」「面接」は場所そのものではなく、出来事や場面を表しています。
「その出来事が行われる場面」と考えると、「경기에서」「수업에서」「면접에서」という表現が自然につながりました。
たとえば、
- 경기에서 이겼다.(試合で勝った)
- 수업에서 배웠다.(授業で習った)
- 면접에서 긴장했다.(面接で緊張した)
このように考えると、どれも「その出来事が起こった場面」を表していることが分かります。
私は、「에서=場所」とだけ覚えていたため、「試合なのに、どうして?」と戸惑っていました。しかし、「出来事が起こる場面」という考え方を知ることで、一つひとつの表現が自然につながり、頭の中がすっきり整理されました。
韓国語は、一つの文法を覚えたと思っていても、実際に日記を書いたり添削を受けたりすると、新しい使い方に出会うことがあります。今回の「에서」も、その一つでした。
場所と場面は同じ「で」と考えると分かりやすかった
私は、「場所」と「場面」は全く別のものだと考えていたため、「경기에서」という表現に違和感がありました。
しかし、日本語にすると、
- 学校で勉強する
- 試合で勝つ
- 面接で緊張する
のように、どれも「で」を使っています。
「에서」は建物や場所だけを表しているのではなく、「出来事が起こる場面」を表すこともある助詞なのだと考えると、自然に理解できました。
私の場合は、「場所」と「場面」を別々のものと考えるのではなく、「出来事が起こる場面も『에서』で表せる」と整理したことで、一気に理解しやすくなりました。
それからは、「경기에서」だけではなく、「수업에서」「면접에서」といった表現を見ても、「ここでは出来事が起こる場面を表しているんだ」と自然に考えられるようになりました。
日記を書くときにも自然に使えるようになった
その後、久しぶりに参加した生け花講習会の日にも、
꽃꽂이 강습회에서 많이 긴장했다.
(生け花講習会でとても緊張した。)
と日記に書くことができました。
以前なら「講習会で」をどう表現すればよいのか迷っていたかもしれません。しかし、「에서」は出来事が起こる場面も表せると理解していたので、今回は自然に「강습회에서」と書くことができました。
韓国語を勉強していると、一つの助詞にも「こんな使い方があったのか」と驚くことがあります。今回の「에서」も、実際に日記を書いて添削していただいたからこそ気付くことができた表現でした。
教科書で覚えた文法も、実際に日記で使ってみることで初めて理解が深まることがあるのだと、改めて感じた出来事でした。
今回は「경기에서」という表現でしたが、一つの助詞の考え方が分かると、他の文章を読んだときにも「あ、ここも場面を表しているんだ」と気付けるようになりました。一つ理解できると、それまで別々に見えていた表現が少しずつつながって見えるようになりました。
まとめ
私は長い間、「에서」は場所を表す助詞だと思っていました。そのため、「경기에서 이겼어요」という表現を見たときは、「試合なのに、どうして『에서』を使うのだろう」と戸惑いました。
しかし、「에서」は場所だけでなく、「出来事が起こる場面」を表すこともあると知り、「試合で勝つ」「授業で習う」「面接で緊張する」といった表現が自然に理解できるようになりました。
今回も、日記を書いて添削していただいたことが、新しい気付きを得るきっかけになりました。自分では正しく書けたと思っていても、実際に添削を受けることで、教科書だけでは気付けなかった表現に出会えることがあります。
韓国語は、一つ理解したと思っていても、実際に日記を書いてみると、新しい発見がある言語だと感じています。これからも日記を書き続けながら、一つひとつの気付きを大切にしていきたいと思います。

