–다가を知らなかった話|『水を飲んでいてこぼした』を韓国語で書いて気づいたこと

韓国語学習

はじめに

韓国語で日記を書いていると、日本語では簡単に言えるのに、韓国語ではどう表現すればよいのか分からないことがあります。

最近、私が迷ったのは「水を飲んでいてこぼした」という出来事を日記に書こうとしたときでした。

そのときに知ったのが、「–다가」 という文法です。

私が書いた日記は、次のような文章でした。

물을 마시다가 쏟아서 소매가 젖었다.
(水を飲んでいる途中でこぼして、袖がぬれた)

それまで私は「–다가」という文法を知りませんでした。

「마시다(水を飲む)」に「–다가」が付くと、どのような意味になるのだろうと思いました。

調べてみると、「–다가」は動作の途中で別の出来事が起きたり、別の動作に移ったりするときに使う表現だと分かりました。

この記事では、実際に日記を書いた経験を振り返りながら、「–다가」の意味や使い方、似た表現との違いについて整理していきます。

水を飲んでいてこぼした日の韓国語日記

今回の日記で難しかったのは、単に「水を飲んだ」「袖がぬれた」と書くのではなく、水を飲んでいる途中でこぼしてしまったという状況を表すことでした。

韓国語では「水を飲む」は 물을 마시다、「袖がぬれる」は 소매가 젖다 と表現できます。

しかし、「~している途中で」は、どのように表現すればよいのでしょうか。

そこで初めて知ったのが、마시다가 という形でした。

  • 마시다:飲む
  • 마시다가:飲んでいる途中で

今回の日記では、この「마시다가」を使うことで、水を飲んでいる最中に別の出来事が起きたことを表しています。

短い文章でも、日本語で伝えたい状況を韓国語にするには、新しい文法が必要になることを知りました。

–다가の意味と基本的な使い方

「–다가」は、ある動作をしている途中で、別の出来事が起きたり、別の動作に切り替わったりするときに使う文法です。

日本語では「~している途中で」「~していたら」「~していて」などと訳されます。

–다가の作り方

基本的には、動詞の語幹に「–다가」を付けます。

例えば、次のようになります。

基本形 –다가を付けた形 意味
마시다(飲む) 마시다가 飲んでいる途中で
먹다(食べる) 먹다가 食べている途中で
읽다(読む) 읽다가 読んでいる途中で
공부하다(勉強する) 공부하다가 勉強している途中で

語幹にパッチムがあっても、基本的にはそのまま「–다가」を付けられます。

動作の途中で別の出来事が起きる場合

まずは、何かをしている途中で、別の出来事が起きる場合です。

책을 읽다가 잠이 들었어요.
(本を読んでいる途中で寝てしまいました)

本を読んでいたところ、途中で眠ってしまったという意味です。

今回の日記に書いた文章も、この使い方です。

물을 마시다가 쏟아서 소매가 젖었다.
(水を飲んでいる途中でこぼして、袖がぬれた)

水を飲んでいる最中に、こぼすという出来事が起きています。

途中で別の動作に切り替わる場合

「–다가」は、していたことを途中でやめて、別の動作に移る場合にも使います。

공부하다가 쉬었어요.
(勉強していて、途中で休みました)

勉強をしていましたが、途中で休憩に切り替えたという意味です。

텔레비전을 보다가 책을 읽었어요.
(テレビを見ていましたが、途中で本を読みました)

テレビを見るという動作から、本を読むという動作に切り替わっています。

このように、「–다가」は単に二つの動作を並べるのではなく、最初の動作の途中で何かが起きたり、動作が変わったりすることを表します。

私は今回の日記を通して、「~している途中で」という日本語を韓国語で表すときに、「–다가」が使えることを初めて知りました。

–다가と–아/어서はどう違う?

今回の日記には、「–다가」のほかに「–아/어서」も使われています。

물을 마시다가 쏟아서 소매가 젖었다.
(水を飲んでいる途中でこぼして、袖がぬれた)

この文章を見て、二つの表現がどのような役割をしているのか整理してみました。

–다가は動作の途中で起きたことを表す

まず、마시다가 は「飲んでいる途中で」という意味です。

水を飲んでいる最中に、別の出来事が起きたことを表しています。

つまり、「水を飲む」という動作と「こぼす」という出来事の関係を示しているのが「–다가」です。

–아/어서は出来事のつながりや理由を表す

一方、쏟아서 は「こぼしたので」という意味です。

「–아/어서」は、理由や原因を表すほか、出来事の自然なつながりを表す場合にも使われます。

今回の文章では、水をこぼしたことが、袖がぬれた原因になっています。

そのため、

쏟아서 소매가 젖었다
(こぼしたので袖がぬれた)

という形になっています。

二つの表現を整理してみると

今回の文章では、それぞれ次のような働きをしています。

表現 役割
마시다가 水を飲んでいる途中で別の出来事が起きた
쏟아서 水をこぼしたことが、袖がぬれた原因になった

つまり、「–다가」と「–아/어서」は、どちらも文と文をつなぐ表現ですが、注目している部分が異なります。

「–다가」はある動作の途中で別の出来事が起きたり、別の動作に移ったりすることを表します。

一方、「–아/어서」は、今回の文章では水をこぼしたことと袖がぬれたことの原因・結果の関係を表しています。

このように文法ごとの役割を分けて考えると、一つの文章の中でそれぞれが何を表しているのか理解しやすくなります。

–다가を使った身近な例文

「–다가」は、日常生活のさまざまな場面でも使える表現です。

例えば、何かをしている途中で別の出来事が起きたり、途中で別のことを始めたりする場面です。

掃除をしている途中で電話が鳴った

청소하다가 전화가 왔어요.
(掃除をしている途中で電話がかかってきました)

掃除をしていたところ、途中で電話がかかってきたという意味です。

ここでは、掃除をしている最中に別の出来事が起きています。

買い物に行く途中で雨が降り始めた

장을 보러 가다가 비가 오기 시작했어요.
(買い物に行く途中で雨が降り始めました)

買い物に向かっている途中で、雨が降り始めたという意味です。

「–다가」は、家の中で何かをしているときだけでなく、移動している途中の出来事にも使えます。

料理をしている途中で電話に出た

요리하다가 전화를 받았어요.
(料理をしている途中で電話に出ました)

料理をしていたところ、電話に出るために別の動作に移ったことを表しています。

この例文では、料理をしている途中で、電話に出るという動作に切り替わっています。

今回の日記では、水を飲んでいる途中でこぼしたことを「마시다가」と表現しました。

同じように、掃除や買い物、料理など、普段の生活の中にも「–다가」を使える場面があります。

「~している途中で何かが起きた」と言いたいときには、この文法を思い出せそうです。

日記を書いて分かったこと

今回、「水を飲んでいてこぼした」という出来事を韓国語で書こうとしたことで、それまで知らなかった「–다가」という文法に出会いました。

日本語では何気なく使っている「~している途中で」という表現ですが、韓国語にしようとすると、すぐには言葉が出てきませんでした。

普段の日記は短い文章ばかりです。それでも、自分が経験したことを韓国語にしようとすると、知らない単語や文法に出会うことがあります。

また、「–다가」を知ったことで、何かをしている途中で別の出来事が起きたときにも使えるのだと分かりました。

今後、日記を書くときに同じような場面があれば、今回覚えた「–다가」を使ってみたいと思います。

まとめ

「–다가」は、ある動作をしている途中で別の出来事が起きたり、別の動作に切り替わったりするときに使う表現です。

今回の日記では、마시다가 を使うことで、「水を飲んでいる途中で」という状況を表せることを知りました。

また、同じ文章に使われている「–아/어서」とは、役割が異なることも分かりました。

これからも短い日記を続けながら、知らなかった表現を一つずつ覚えていきたいと思います。

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