はじめに
韓国語の勉強を続けていると、日本語では同じ意味だと思っていた言葉が、韓国語では少し違う使われ方をしていることがあります。
私にとって、その一つが 너무 と 아주 でした。
韓国語を勉強し始めた頃、私は「とても」という意味なら 너무 を使えばいいと思っていました。
教科書でもよく出てきますし、ドラマでも 너무 예뻐요 や 너무 맛있어요 のような表現を何度も耳にしていたからです。
ところが、その後ドラマやYouTubeを見ていると、今度は 아주 という言葉もよく聞くようになりました。
私は最初、
「えっ? 아주 も『とても』なの?」
と思いました。
意味を調べてみても、どちらも「とても」と書かれていることが多く、違いがよく分かりません。
そのため当時の私は、
「너무 と 아주 は何が違うの?」
「どちらを使っても同じじゃないの?」
という疑問が頭から離れませんでした。
今振り返ると、私は「日本語で同じ意味なら、韓国語でも同じように使えるはず」と考えていたのだと思います。
この記事では、私が 너무 と 아주 の違いが分からず、「また似たような言葉が出てきた」と戸惑っていた頃のことを振り返りながら、少しずつ見え方が変わっていった過程を書いてみたいと思います。
私の中では「とても」は一つだった
너무 を勉強し始めた頃の私は、「とても」という意味の言葉は一つだと思っていました。
教科書では、
너무 は「とても」「すごく」
という意味で紹介されています。
例えば、
너무 맛있어요.
(とてもおいしいです)
너무 예뻐요.
(とてもきれいです)
のような例文を見ながら、
「韓国語で『とても』と言いたいときは 너무 を使えばいいんだな」
と思っていました。
その頃は、特に疑問を持つこともありませんでした。
日記を書くときも、
「今日はとても暑かった」
「とても楽しかった」
「とても眠い」
など、「とても」と言いたい場面では、「とりあえず 너무 を使えば大丈夫だろう」と思って、いつも 너무 を使っていたのです。
ところが、ドラマやYouTubeを見ていると、今度は 아주 という言葉もよく耳にするようになりました。
私は、
「너무 があるのに、どうして 아주 も使うんだろう?」
と思いました。
今思えば、その頃の私は、「意味が同じなら、一つ覚えれば十分」と考えていたのです。
だからこそ、아주 という新しい言葉が出てきたときも、
「また似たような単語が増えた」
という印象しかありませんでした。
아주を見てまた止まった
私が本当に混乱したのは、ドラマや会話の中で 아주 を何度も耳にするようになったときでした。
それまでの私は、
너무 맛있어요.
(とてもおいしいです)
너무 좋아요.
(とても良いです)
のような表現には慣れていました。
「とても」と言いたいときは 너무 を使うものだと思っていたからです。
ところが、その後ドラマを見ていると、
아주 좋아요.
아주 재미있어요.
といった表現も自然に使われています。
私は思わず、
「えっ?」
となりました。
頭の中では、
「ここも 너무 じゃないの?」
「どうして 아주 を使うんだろう?」
という疑問がぐるぐる回っていました。
しかも、辞書で調べても、どちらも「とても」と書かれていることが多く、違いがよく分かりません。
そのため当時の私は、
「너무 と 아주 は、どういう関係なんだろう?」
「意味は同じなのに、どうして使い分けるの?」
と考え込んでしまいました。
今振り返ると、この頃の私は「同じ意味なら、どちらを使っても同じだろう」と思い込んでいたのだと思います。
だからこそ、아주 を見るたびに、「また新しいルールが出てきた」と感じてしまったのです。
調べてみたら、ニュアンスが少し違っていた
아주 が気になった私は、いつものように文法書や解説サイトで調べてみることにしました。
すると、そこで初めて知ったことがありました。
それは、너무 と 아주 は、どちらも「とても」という意味で使われますが、少しニュアンスが違うということです。
解説を読んでみると、
「너무 の方が話し手の気持ちが強く出やすい」
「아주 は比較的落ち着いた印象で使われることが多い」
と説明しているものがありました。
私はそれを読んで、
「そういうことだったのか」
と思う反面、
「でも、その違いを実際に使い分けるのは難しそうだな」
とも感じました。
それまでの私は、「どちらも『とても』なんだから、好きな方を使えばいい」と思っていたのです。
だから、ニュアンスが違うと言われても、最初はあまり実感がわきませんでした。
もちろん、その説明が間違っていたわけではありません。
でも、その頃の私には、「気持ちが強い」「落ち着いた強調」と言われても、実際の会話の中でどう違うのかまでは、まだよく分からなかったのです。
今振り返ると、この頃の私は、「意味」ばかりを見ていて、「その言葉から受ける印象」までは意識できていませんでした。
だからこそ、너무 と 아주 は、意味は同じでもどこか使い方が違うことに戸惑っていたのだと思います。
後になって少し見え方が変わった
너무 と 아주 の違いは、文法書を一度読んだから理解できたわけではありませんでした。
ドラマを見たり、例文を読んだり、日記を書いたりする中で、너무 맛있어요 や 아주 좋아요 といった表現に何度も出会ううちに、少しずつ見え方が変わっていきました。
そして、ドラマやバラエティーを見ていると、ときどき 「너무 너무」 と続けて言っている場面にも出会いました。
最初は「どうして二回も言うのだろう?」と不思議でしたが、見続けているうちに、「とても、とても」という気持ちを強く表したいときに自然と重ねていることがあるのだと感じるようになりました。
教科書だけでは気づかなかった、話し言葉らしい表現の一つだったように思います。
今振り返ると、私が一番勘違いしていたのは、
「意味が同じなら、どちらを使っても同じだろう」
と思っていたことだったように思います。
でも実際には、韓国語では意味だけではなく、その言葉が持つ雰囲気や話し手の気持ちによって、自然に選ばれる表現が少しずつ違っていました。
ドラマを見続けていると、너무 は感情がこもった場面で耳にすることが多いように感じました。
一方で、아주 は説明や評価の場面でも自然に使われているように思いました。
もちろん、これは「必ずそう使い分ける」という意味ではありません。
でも私自身は、そんな違いを少しずつ感じるようになりました。
そう考えられるようになってからは、以前ほど迷わなくなりました。
もちろん、最初から自然に使い分けられるようになったわけではありません。
それでも、同じような表現を何度も見たり聞いたりするうちに、
「この場面では、どうして 너무 が使われているんだろう?」
「ここでは、どうして 아주 なんだろう?」
と、少しずつ考えながら韓国語を見るようになりました。
今でも迷うことはあります。
それでも以前より、「意味だけではなく、その言葉が持つ雰囲気にも目を向けてみよう」と思えるようになりました。
今回の 너무 と 아주 の違いも、私にとっては韓国語らしいニュアンスを少し意識するようになった、大切なきっかけの一つだったのです。
まとめ
韓国語を勉強していた頃の私は、너무 と 아주 を見比べて、
「どちらも『とても』なのに、どうして使い方が違うのだろう?」
と、不思議に思っていました。
特に、日本語ではどちらも「とても」と訳されることが多いため、韓国語でも同じように使えるものだと考えていたのです。
調べてみると、너무 と 아주 はどちらも程度を強める言葉ですが、少しニュアンスが違うことを知りました。
でも、その説明を読んだからといって、すぐに使い分けられるようになったわけではありません。
ドラマや会話、例文の中で何度も 너무 や 아주 が使われる場面に出会ううちに、少しずつ「韓国語では意味だけではなく、言葉の雰囲気も大切なんだ」という感覚が身についていったのです。
今振り返ると、この出来事を通して私が学んだのは、「同じように訳される言葉でも、まったく同じように使えるとは限らない」ということでした。
韓国語では、意味だけを覚えるのではなく、「どんな場面で使われているのか」「どんな気持ちで話しているのか」を一緒に見ていくことで、少しずつ言葉の違いが分かるようになっていくのだと感じています。
これからも、また似ている言葉に出会って「あれ?」と立ち止まることがあると思います。
それでも今は、その一つひとつの疑問を大切にしながら、少しずつ韓国語らしい表現を身につけていきたいと思っています。
