맛있겠다は見ていたのに理解できていなかった話|教科書と実際の韓国語のギャップ

韓国語学習

はじめに

韓国語の勉強を続けていると、「教科書で見たことはあるのに、実際によく耳にするようになって初めて気になる表現」があります。

私にとって、その代表的なものが 맛있겠다 でした。

韓国の料理動画やモッパン、旅行動画などを見ていると、料理が運ばれてきた瞬間や、一口食べる前によく聞こえてくる言葉があります。

맛있겠다!

最初は、

「また言ってる」

くらいにしか思っていませんでした。

しかし、動画を見るたびに何度も耳に入るので、

「この表現、本当によく使うんだな」

そう思いながら聞いていましたが、当時の私は、この言葉をどう理解すればいいのか分かりませんでした。

実は、後になって教科書を見返してみると、맛있겠다 はすでに載っていました。

でも、その頃は会話表現として読んでいただけで、「–겠」という文法を意識したことはなかったのです。

それなのに、実際の韓国語では 맛있겠다 が当たり前のように使われています。

「いつか習うんだろうな」

「どういう使い方なんだろう」

と、思っていました。

今振り返ると、この出来事は「教科書で学ぶ韓国語」と「実際に使われている韓国語」には少し違いがあることを初めて意識した出来事だったように思います。

この記事では、私が 맛있겠다 を何度も耳にしながら、「文法として見えていなかった韓国語」に戸惑っていた頃のことを振り返ってみたいと思います。

教科書にはあったけれど、文法としては見えていなかった

韓国語を勉強し始めた頃の私は、教科書に書かれていることを一つずつ覚えていました。

新しい単語を覚え、文法を学び、例文を声に出して読んでいく。まずはテキストの内容を理解することが一番大切だと思っていたのです。

そのため、教科書に載っている表現が、日常会話でもそのまま使われているものだと思っていました。

もちろん、それは間違いではありません。

実際に、맛있어요맛있을 것 같아요 のような表現は勉強しました。

맛있겠다も教科書に載っていました。

ただ、そのときは一つのフレーズとして読んでいただけでした。

「–겠」という文法についてはまだ説明がなく、「こういう言い方なんだ」と覚えていただけだったのです。

今思えば、その頃の私は、

「教科書に載っている韓国語」

「実際によく使われる韓国語」

が、ほとんど同じものだと思っていました。

今振り返ると、この頃はまだ「習っていない表現は、自分には早いものなんだろう」と考えていました。

まさか、この一言が韓国の日常会話でこれほどよく使われる表現だとは、まだ想像もしていませんでした。

YouTubeを見るたびに聞こえてきた

それからも私は、韓国の料理動画やモッパンをよく見ていました。

料理が完成した場面や、お店で料理が運ばれてきた場面になると、出演者の皆さんがほぼ決まって口にする言葉があります。

맛있겠다!

最初は、

「また言ってるな」

くらいにしか思っていませんでした。

でも、動画を見るたびに何度も耳にするのです。

ラーメンでも、

焼肉でも、

チキンでも、

ケーキでも、

料理が目の前に出てくると、

맛있겠다!

という声が聞こえてきます。

私は次第に、

「韓国では、こんなによく使う表現なんだ」

と思うようになりました。

それと同時に、

「でも、私はまだ文法として理解できていない」

という不思議な気持ちもありました。

教科書で見たはずなのに、実際には何度も耳にするたびに「まだ分からない表現」のように感じていました。

そんな経験は、それまであまりありませんでした。

だからこそ、맛있겠다 は私の中で少し特別な存在になっていったのです。

今振り返ると、この頃から私は、文法や単語を「教科書で覚えるもの」としてだけではなく、「実際に使われている韓国語」として見るようになっていました。

そして、

「どうしてみんなは 맛있겠다 と言うのだろう?」

という小さな疑問が、少しずつ大きくなっていったのです。

調べてみたら思っていたより難しかった

맛있겠다 が気になった私は、意味を調べてみることにしました。

すると、そこで出てきたのが –겠 という文法でした。

解説を読むと、

「推量」

「意志」

「推測」

「感嘆」

など、いくつもの意味が書かれています。

私はそれを見て、

「えっ、こんなに意味があるの?」

と驚きました。

正直、その頃の私には難しく感じました。

ただ「맛있겠다」がどういう意味なのか知りたかっただけなのに、文法の説明を読めば読むほど、新しい言葉が増えていくような気がしたのです。

「推量って何だろう?」

「意志とはどう違うの?」

「どうして『おいしそう』がこの文法になるの?」

そんな疑問ばかりが頭に浮かびました。

もちろん、解説が間違っていたわけではありません。

ただ当時の私には、一つの文法にいくつもの意味があること自体が、とても難しく感じられました。

今振り返ると、私は「文法を理解しよう」としていましたが、本当に知りたかったのは、

「韓国の人は、どんな気持ちで『맛있겠다』と言っているのだろう?」

ということだったのだと思います。

そのことが少しずつ分かってきたのは、文法書を何度も読むよりも、ドラマや動画の中で実際に使われる場面を見続けてからでした。

後になって少し分かってきた

맛있겠다 のことが気になりながらも、私はドラマやYouTubeを見続けていました。

すると、少しずつ分かってきたことがありました。

それは、맛있겠다 は文法を考えて言っている言葉ではなく、料理を見た瞬間に自然と出てくる一言なのだということです。

料理が運ばれてきたとき。

湯気が立ちのぼっているとき。

きれいに盛り付けられた料理を見たとき。

韓国の人たちは、その瞬間に自然と、

맛있겠다!

と言っています。

今思えば、それは「おいしそう」と頭の中で考えてから口にしているというより、見た瞬間の気持ちがそのまま言葉になっているように感じます。

もちろん、最初からそんなことが分かっていたわけではありません。

最初は、

「また 맛있겠다 だ」

と思うだけでした。

でも、何度も同じ場面を見ているうちに、

「こういうときに自然と使う表現なんだ」

ということが少しずつ見えてきたのです。

今でも –겠 の使い方をすべて理解できているわけではありません。

それでも、以前のように「習っていないから分からない」と思うことは少なくなりました。

一つの文法として覚えるよりも、実際に使われている場面を何度も見たことで、『맛있겠다』という表現そのものが自然と頭に入ってきたように思います。

今振り返ると、맛있겠다 は私にとって、「教科書で見ただけでは、本当には理解できない韓国語」があることを教えてくれた、大切な一言だったのかもしれません。。

まとめ

韓国語を勉強し始めた頃の私は、맛있겠다 という表現を何度も耳にしながら、その意味がよく分かりませんでした。

料理動画やモッパンを見るたびに聞こえてくるのに、使っていた教科書には載っていたのに、当時の私は一つの会話表現として読んでいただけだったからです。

そのため、

「どうしてこんなによく使われているのだろう?」

と、不思議に思っていました。

後になって調べると、–겠 という文法につながっていることが分かりました。しかし、その説明には「推量」「意志」「感嘆」など、たくさんの意味が書かれていて、当時の私にはかえって難しく感じられました。

それでも、ドラマやYouTubeで何度も 맛있겠다 が使われる場面を見ているうちに、「料理を見た瞬間に自然と出てくる言葉なんだ」という感覚が少しずつ分かるようになってきました。

今振り返ると、この出来事を通して私が気づいたのは、教科書で見ただけでは、本当には理解できない韓国語があるということです。

もちろん、教科書は基礎を学ぶためにとても大切です。

でも、実際の韓国語に触れることで初めて見えてくる表現やニュアンスもたくさんあります。

맛있겠다 は、私にとってそんなことを教えてくれた言葉でした。

これからも、ドラマや歌、YouTubeなどで、「知っているつもりだったけれど、実はまだ理解できていなかった表現」に出会うことがあると思います。

そんなときも、「今は分からなくても大丈夫」と思いながら、一つずつ韓国語らしい表現を増やしていきたいと思っています。

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