はじめに|“切る”のではなく“空気を整える”という発想
いけばなを生けるとき、
多くの人が最初につまずくのが「葉や枝の処理」です。
必要以上に切ってしまう
──すると線が貧弱になる。
残しすぎる
──すると重く、動きが止まる。
けれど本質は「切る」ことではありません。
葉と枝の処理は、
作品の空気を整える“準備”の工程 です。
作品が落ち着く場所をつくるための静かな作業であり、
生ける前にどれだけ整えられるかで、空間の質が大きく変わります。
葉と枝の処理が作品を変える理由
処理は作品の“空気”をつくる準備
葉の量や枝の流れが整うと、
作品の風の通り道が自然と見えてきます。
処理をする目的は「形をつくる」ことではなく、
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余白を生む
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線を見せる
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花材が呼吸する空間を守る
この3つに尽きます。
切りすぎると「線」が死に、残しすぎると「重さ」が出る
枝もの・葉もの共通して、
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切りすぎる → 線が単調で細くなる
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残しすぎる → 形が重く、動きが止まる
という特徴があります。
正解は「中間」にあるのではなく、
残した部分が意味をもつかどうか にあります。
枝ものと葉もの、それぞれの役割の違い
| 種類 | 役割 | 処理の考え方 |
|---|---|---|
| 枝もの(椿・梅・木苺など) | 作品の“骨格”を作る | 線を読み、不要な枝・葉だけを落とす |
| 葉もの(ギボウシ・フトイ・ミスカンサスなど) | 空気感・余白・季節の湿度を作る | 量と角度で“空間の軽さ”を調整する |
枝は「減らす勇気」、
葉は「残す意味」を問いながら整えると美しくまとまります。
素材別|どこを残し、どこを整えるか
枝もの(椿・梅・木苺など)の場合
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主役の線をまず一本決める
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その線を邪魔する小枝・葉だけ落とす
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すべて対称にせず“揺らぎ”を残す
枝ものは“減らすほど空気が生まれる花材”です。
葉もの(ギボウシ・ミスカンサスなど)の場合
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艶のある葉を主役に
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広がりすぎる葉は1枚抜くだけで劇的に変わる
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角度を数度変えるだけで動きが出る
葉ものは「量」より「向き」が空間の質を決めます。
季節によって変わる“余白の量”の考え方
| 季節 | 余白の量 | 表現する空気 |
|---|---|---|
| 春 | やや少なめ | 生命の芽吹き・動き |
| 夏 | 多め | 風・涼しさ・水の気配 |
| 秋 | 中くらい+揺らぎ | 移ろい・陰影 |
| 冬 | 大きな余白 | 静けさ・凛とした佇まい |
余白は“季節の温度”を映す要素でもあるのです。
技術としての処理|形ではなく“流れ”を見る
一本の線を見つける方法
花材を手に取ったら、
まず「一番伸びている線」「自然に向きたい方向」を探します。
ここが決まると、
不要な葉や枝が自然と見えてきます。
余白に響く葉と、邪魔する葉の見分け方
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残したとき空間が“軽くなる葉” → 残す
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残したとき空間が“重く濁る葉” → 落とす
迷ったら、
「抜いた瞬間の空気の変化」 を見てください。
正解は作品が教えてくれます。
処理後に必ず確認したい「3つのバランス」
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線の方向は揃いすぎていないか
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葉の量は光を塞いでいないか
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足元に風の抜ける余白があるか
この3つの条件が揃うと、作品は自然に落ち着きます。
体験談|整えた瞬間、作品が息をし始めた
稽古を始めて間もないころ、私は“切るのが怖い”時期がありました。
葉を残しすぎ、枝もそのまま。
結果、作品はどこか重く、動きも止まったまま。
すると先生は静かに、一本だけ枝を落としました。
「空気が動く場所をひとつ作るだけでいいのですよ。」
そう言って花材をわずかに傾けた瞬間、
作品全体がふっと軽くなり、風景に変わりました。
減らすことは弱くすることではなく、
本来の姿を見えるようにする行為なのだ と知った経験です。
心理面への寄り添いコラム|“切るのが怖い”は成長のサイン
葉や枝の処理に迷うとき、多くの人はこう感じています。
「間違って切ってしまったらどうしよう」
でもそれは、花を大切に思っている証拠です。
処理の目的は“形を正すこと”ではなく、
花材が一番自然にいられる場所を見つけること。
迷う時間こそ、観察力が育っているサインです。
焦らず、一本の線の意志を聞くように向き合ってみてください。
写真がなくても上達する|“想像ワーク”で観察力を育てる
① 一本の枝を思い浮かべる
太さ・曲がり・葉の量を、頭の中で描く。
② 残す葉・落とす葉を分類してみる
光が当たる葉
影になる葉
流れを邪魔する葉
──役割を想像すると見えてくる。
③ 空中に余白をつくるつもりで枝を置く
机の上でも構いません。
「ここに風が通る」と思える位置を探してみてください。
これだけで、作品を見る目が大きく変わります。
よくある失敗と整え方のポイント
| 状態 | 原因 | 整え方 |
|---|---|---|
| 全体が重い | 葉を残しすぎ | 1枚抜くだけで空気が変わる |
| 動きがない | 枝の方向が揃いすぎ | わずかに角度を崩す |
| 空間が濁る | 足元が詰まっている | 根元の葉を整理し“風の道”をつくる |
Q&A|迷ったときに役立つ視点
Q:切りすぎるのが怖いです。目安はありますか?
A:一気に切らず「一枚 → 観察 → 一枚」の順で調整すると、失敗がありません。
Q:葉が少なくなると寂しい気がします。
A:“寂しい”ではなく“余白がある”。視点を変えると作品が締まります。
Q:枝の曲がりは直すべきですか?
A:いいえ。整えるのは角度であって、癖ではありません。
まとめ|“整える前に観察する”が、美しい空間を生む
葉と枝の処理は、
生け花の「見えない技術」であり、
作品を決めるもっとも繊細な工程です。
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高さより線を見る
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量より役割を見る
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形より空気を見る
この視点を持つだけで、
作品は自然に、静かに、美しく整い始めます。
焦らず、一本ずつ向き合ってください。
その時間こそ、空間を整えるいけばなの真髄です。

