菊を美しく長持ちさせる|葉の処理・水切り・象徴性 ―― 大切に扱う花だからこそ、丁寧な準備が美しさを支える ――

いけばな ikebana

はじめに|「整える前に向き合う」花、菊

秋になると、生け花の稽古や季節の花として必ず登場する菊。
品種は大輪菊からスプレー菊、古典菊まで多様ですが、
その存在には共通する静かな佇まいがあります。

華やかさより、凛とした強さ。
色の鮮やかさより、形の落ち着き。
そして何より、「丁寧に扱う花」という意識。

ところが、初心者ほどこう迷います。

  • 水切りしたのに早く萎れてしまう

  • 葉を残すべきか落とすべきか判断できない

  • 大輪菊がうまく立たず、作品が重くなる

菊は扱い方が難しいのではなく、
「基礎の積み重ねが結果に現れる花材」なのです。

この記事では、菊の下処理・水揚げ・葉の整理方法、
そして生け花における象徴的な意味まで、経験とともにお伝えします。

菊という花材の特徴|「強さ」と「繊細さ」が同居している

● 太い茎=強い水の道

菊の茎は一見太く丈夫ですが、内部はスポンジ状で空気が入りやすく、
水を吸っているように見えて吸えていないことがあります。

そのため、切り方と処理で花持ちが大きく変わります。

● 葉が多いほど“作品の体温”が上がる

菊の葉は大きく、水分をよく消費します。
葉が多いまま生けると、花ではなく葉に水分が取られてしまい、
花がもたずに疲れてしまうことがあります。

葉は「残すべきもの」と「落としていいもの」があります。
この判断が作品を整えます。

● 花の中心が視線を決める

菊は他の花より中心(花心)がはっきりしているため、
置き方ひとつで視線が大きく動きます。

向き・角度・高さは、技術ではなく観察から始まります。

体験談|“美しく整えたのに、すぐ弱った菊”

まだ始めたばかりの頃、
私は菊を「大事に扱わなきゃ」と思うあまり、
水切りも深水もせず、そっと花器に入れました。

丁寧に置いたはずなのに、翌日――
花はしおれ、茎はぐったりと倒れていました。

それを見た先生は静かに言いました。

「やさしく扱うことと、迷って手を止めることは違いますよ。」

そう言って、先生は私の菊を一度取り出し、
迷いのない動きで根元を水の中で切り直しました。

そして、深水に預けながらこう続けました。

「菊は強い花です。
強い花には、強い手順が必要なのです。」

その日から私は、「丁寧=弱く触ることではない」
ということを学びました。

菊は手順を守ると必ず応えてくれる花材です。

あれから私は何度も菊を扱い、そのたびに同じ問いを繰り返しました。
「今日はこの花は、どう立ちたいのだろう」と。

菊を扱うようになってから、私は「準備を丁寧にするほど、作品の時間がゆっくり動き出す」ことに気づきました。
水切りをして深水に入れている間、その花がどの方向へ向きたがっているか、ただ静かに眺める時間が生まれます。

最初は「早く形にしたい」「正しく生けたい」という焦りがありました。
けれどある日、深水に入れたまま数時間置いた菊を再び手に取ったとき、
先ほどまで迷いながら向きを探していた花が、まるで自然に答えを示すように、すっとひとつの方向へ落ち着いていました。

そのとき、私は思いました。

“花を急がせないことも、生け手の技のひとつなのだ” と。

生け花は形だけで完成するものではありません。
どの部分を残し、どこを整え、どこに余白を与えるか――その判断は、花を観察する時間の中で静かに育ちます。

菊は、ただ美しく飾る花ではなく、
「生け手の姿勢や手つきがそのまま映る花」です。
だからこそ、準備、向き、葉の整理、そして水揚げのひとつひとつが、結果として作品に表れます。

すぐに正解を求めなくて大丈夫です。
菊と向き合うたびに、あなた自身の手が静かに整えられていきます。

菊の下処理と水揚げ|基礎が作品の美しさを支える

工程 内容 理由・ポイント
① 葉を整理する 水に浸かる葉・弱い葉を落とす 花への水分集中・見た目の整理
② 水中で根元を切る(水切り) 空気の侵入を防ぐ 斜めにしっかり切る
③ 浅く割りを入れる 吸水面を増やす 深すぎない・まっすぐ
④ 深水につける(数時間) 花と水のバランスを整える 角度が変わることがある

水切り → 深水 → 観察 → 生ける
この順番が最も菊が応えやすい流れです。

生け方|向き・距離・高さで品格を整える

STEP1|方向(向き)を決める

菊は「正面を作る花」ではなく、
「見ている方向がある花」。

真正面より、少しだけ上・横へ向けると、作品が柔らかくなります。

STEP2|距離と重なりで「間」をつくる

菊を詰めると急に重く見えます。
距離を置くことで風が通る空間が生まれます。

STEP3|支えとなる花材と組む(体・副)

菊だけで構成しても成立しますが、

  • リーフ(ドラセナ・ナルコラン)

  • 枝もの(椿の葉・木苺)

などを低く添えると、静かな作品が立ち上がります。

器選び|菊の品格を支える存在

相性 印象
水盤 余白と静けさが生まれる
筒・縦型 大輪の線が生きる
陶器(白・黒・土物) 伝統と落ち着きが深まる

よくある失敗と直し方

状態 原因 改善
すぐ弱る 水揚げ不足 水切り→深水を丁寧に
重く見える 葉が多い・近すぎる 葉を整理・距離をあける
威圧感がある 向きが正面すぎる 角度を数度変える

Q&A|迷ったときのヒント

Q:葉を残す基準はありますか?
A: 花と器をつなぐ葉だけ残します。「意味のある葉」を選ぶ意識で。

Q:大輪菊は1本でも作品になりますか?
A: なります。むしろ1本のほうが品格が立ちやすい花材です。

Q:花の高さはどれくらいが美しい?
A: 器の高さ×1.5~2倍を目安にし、作品の空気で調整します。

菊を生けるとき、思い出してほしい3つの軸

  • 手順を迷わず進めること

  • 必要な葉だけを残すこと

  • 花の向きや高さを“観察”で決めること

この3つが整うと、菊は自然と品格のある佇まいを見せてくれます。

まとめ|菊は「扱うほど姿勢を整えてくれる花」

菊を生けていると、自然と動きが丁寧になり、
呼吸が静かになっていきます。

それは、菊が形だけでなく心の重心まで整えてくれる花だからです。

迷いなく切り、
必要な葉だけを残す。
そして花の向かう方向に寄り添う。

その積み重ねが、菊の美しさを最大限に引き出します。

どうかゆっくり向き合ってください。
菊は、丁寧な手順に必ず応えてくれる花材です。

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