涼しい風が吹き始める頃、秋の野にそっと咲く草花たち。春の七草が「食べる」草であるのに対し、秋の七草は「眺めて愛でる」草です。日本人は、儚くも美しいその姿に季節の移ろいを重ね、歌や風習の中で大切に伝えてきました。この記事では、秋の七草の由来と花ことば、そして暮らしに取り入れるヒントをご紹介します。
秋の七草とは?
秋の七草は、萩(はぎ)・桔梗(ききょう)・葛(くず)・撫子(なでしこ)・女郎花(おみなえし)・藤袴(ふじばかま)・尾花(すすき)の七種を指します。これらは奈良時代の歌人・山上憶良(やまのうえのおくら)が『万葉集』で詠んだ歌に由来します。
秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびおり)かき数ふれば 七種の花
この歌が、秋の七草のはじまり。七草それぞれが季節の風景や人の心を映す象徴となり、千年以上にわたって日本の文化に息づいています。
七つの花に込められた意味と花ことば
秋の七草は、それぞれに個性と意味を持っています。花ことばとあわせて見てみましょう。
- 萩(はぎ) … 花ことば:思案・内気な愛。秋のはじまりを告げる花で、そよぐ姿がしとやかです。
- 桔梗(ききょう) … 花ことば:変わらぬ愛・誠実。紫の花は、凛とした秋空のように澄んだ印象を与えます。
- 葛(くず) … 花ことば:努力・活力。根は葛粉や漢方として重宝され、生命力の象徴です。
- 撫子(なでしこ) … 花ことば:純愛・可憐。愛らしさから「大和撫子」の語源にもなりました。
- 女郎花(おみなえし) … 花ことば:美人・儚い恋。黄金色の花が秋の野を明るく彩ります。
- 藤袴(ふじばかま) … 花ことば:ためらい・あこがれ。香り高く、平安時代には香料としても愛されました。
- 尾花(すすき) … 花ことば:活力・勢い。月見の飾りにも使われ、秋の象徴とされています。
どの花も華やかではありませんが、控えめな美しさの中に季節の深みを感じさせます。それこそが、日本人が秋に寄せる“静かな情緒”なのです。
秋の七草に込められた文化的な意味
春の七草が「無病息災を祈る食の行事」であるのに対し、秋の七草は「自然を眺めて心を澄ませる」風習に通じています。古代の人々にとって、秋は収穫の季節であると同時に、一年の終わりを静かに見つめる時期でもありました。七草を数えることは、自然の恵みと儚さを感じ、心を整える“祈りの行為”でもあったのです。
また、秋の七草は茶道やいけばなにも深く関わっています。茶席では、藤袴や女郎花を一輪活け、野の趣(おもむき)を表現します。いけばなでは「秋風を描く」ように配置し、草の姿の中に“風の動き”を映します。花そのものよりも“空気”を活ける――それが秋の美学です。
秋の七草と月の風情
秋といえば、お月見の季節でもあります。すすき(尾花)を中心に七草を飾るのは、月に収穫の感謝を捧げる昔ながらの風習。風にそよぐ尾花が月の光を受けると、銀色の波のように輝きます。
月と草花の組み合わせは、古くから“自然と人の心を結ぶ象徴”とされてきました。平安の歌人たちは、月を見上げながら藤袴や撫子の香りを楽しみ、心の静けさを詠に託したといわれます。夜の光に映える草花を眺めると、昼とは違う美しさが見えてきます。秋の七草は、まさに“月夜に似合う花々”なのです。
いけばなや茶花で楽しむ秋の七草
いけばなでは、秋の七草は“野の趣(ののおもむき)”を表現する素材として欠かせません。たとえば、萩や女郎花を主役に、藤袴をそっと添えると、秋風が吹くような静けさが生まれます。器は素朴な陶器や竹籠が似合い、花を詰めすぎず、空間の余白を大切にすると上品に仕上がります。
また、茶花として飾るときは、一輪を低めに活けるのが粋。小さな花こそ“静かな秋”を語ってくれます。
七草を暮らしに取り入れるヒント
現代の暮らしでも、秋の七草はさまざまな形で楽しめます。たとえば、ススキを花瓶に一枝挿してお月見の演出にしたり、ナデシコを食卓に飾って彩りを添えたり。小さな草花でも、部屋の空気を柔らかく変えてくれます。
また、七草すべてを揃えるのは難しくても、「季節の草を数える」という気持ちを持つだけで十分です。道端で見かけた小さな花の名前を調べる、秋風の香りに気づく――そんな瞬間こそ、千年前の人々が感じた“花鳥風月”の延長にあります。
季節を感じることは、心を整えること
忙しい現代の生活では、季節を感じる時間がつい少なくなりがちです。
しかし、ほんのひとときでも自然に目を向けることで、心の中に静かな余白が生まれます。秋の七草を通して、移ろいゆく時間の中に美しさを見出す――それは、私たちが本来持つ“感性の力”を取り戻すことでもあります。花を飾ることは、ただ美を求める行為ではなく、心を整えるひとつの習慣なのです。
Q&A|よくある質問
- Q. 七草を飾る時期はいつが良いですか?
- A. お月見の頃(旧暦の8月15日前後)に飾るのが最も風情があります。季節の行事と合わせて楽しむのもおすすめです。
- Q. 七草全部をそろえないと意味がない?
- A. いいえ。1種類でも構いません。身近にある草花を通して“秋を感じる”ことが大切です。
- Q. いけばなに使うときのコツは?
- A. 草の自然な流れを生かして、風の抜ける空間を意識するのがポイントです。無理に形を整えず、自然のままの姿を尊重します。
まとめ|秋の草に、心を澄ませて
秋の七草は、静かな美しさの中に深い意味を持つ植物たち。派手さはなくても、風にそよぐ姿や淡い色合いには、季節の詩が宿っています。花を通して季節を感じ、心を整える――それは、古代から続く日本人の豊かな感性のあらわれです。今年の秋は、七草の物語に耳を傾けながら、身近な自然の中に“小さな秋”を見つけてみませんか。

